百日後に日舞の名取試験を受ける某

日本舞踊のお稽古に励む中年がお名取試験を受けるまでの記録

【演目紹介】長唄「外記猿」(げきざる)

先日お浚い会(おさらいかい。勉強成果の発表会)で踊った、表題の演目についてまとめました。 「外記猿」は、「げきざる」と読みます。

長唄「外記猿」概要

まず、長唄というのは三味線やお囃子て奏でられる邦楽の一種です。一曲十数分から、長い物だと三十分程度に及びます。端唄(はうた)や小唄(こうた)は、長唄に比べると短く、三味線と唄で奏でられます。

歌舞伎事典:長唄|文化デジタルライブラリー

日本舞踊曲は長唄の他にも、清元、地唄義太夫、など種類がありますが、長唄が一番多いと思います(体感だと7割くらい)。

「外記猿」は、「外記節(げきぶし)」という、浄瑠璃を取り入れた長唄の曲調に乗せて、猿廻し(さるまわし)を主題に表現した曲です。外記節の猿だから、「外記猿」。

演目の説明はこのサイトがわかりやすいです。

長唄「外記猿(げきざる)」歌詞と解説 │ 俺の日本舞踊

外記節」は江戸時代初期に活躍した薩摩外記(さつまげき)という浄瑠璃師が創始した流派ですが、やがて長唄に吸収されました。

「外記猿」は、長唄中興の祖と言われた10代目杵屋六左衛門(1800-1858)が、外記節の再興を画して作った四部作(外記節石橋(しゃっきょう)、外記猿、傀儡師、翁三番叟)のうちの一つです。

同じ伝統芸能の猿回しものでは、狂言に「靱猿(うつぼざる)」という物があり、またそれを歌舞伎舞踊化した同名の演目もあります。年代からすると、靱猿も外記猿も、舞踊演目として確立された時期は似通っていそうです。同名の靱猿はもちろん、外記猿にも、狂言演目の台詞が歌詞に多用されています。

「松の葉越しに月見れば」

「猿と獅子とは御しゅしょのもの」

「俵を重ね面々に 楽しうなるこそめでたけれ」

長唄(踊りでなく、三味線と唄のほう)のお稽古をされてる方にとっては、練習曲としてもポピュラーなようです。 私も、十数年前に師匠にお稽古をしようとお声かけいただいた時に、聴いたことある!好きなやつだ!と思いましたし、今回お浚い(おさらい)会で踊った時も、何人かの方に、この曲が大好きだと声をかけていただきました。

いい曲なんですよね〜♪前奏の三味線を聴いただけで、シビれます。 ご存知ない方は下記のYouTubeでご視聴ください。


www.youtube.com

猿回しについて

猿回し芸(猿廻し、猿曳きとも言う)は、古くは室町時代から始まったそうです。厩(うまや)に猿を繋いでおくと、馬が落ち着いたということから、武家の間で、馬の健康を願って猿回しに門付芸をさせる風習があったのだとか。江戸時代、猿回しを始めとする多くの大道芸は、被差別部落の人間、つまり、士農工商の外と言われる、エタ非人の身分の人が担っていたそうですが、意外と武家屋敷の敷地内には入れたのですね。もちろん、座敷には上がらず、玄関先や厩近辺だったのでしょうが。

その後、近代まで残り続け、戦後に芸能伝承の存亡の危機がありましたが、現代でも、山口県光市や栃木県日光市などで細々と続いています。猿回しの喋りと猿の動きを組み合わせた、コントのような芸はもちろん、棒に上らせててっぺんで芸をしたり、台から台へ飛び移ったりするアクロバットは猿の得意とするところですが、その昔は、猿狂言、猿芝居と言って、猿を役者に見立てて狂言や芝居の演目をしたりもしたようです。

平成に一世を風靡した日光猿軍団が閉鎖する際には、太郎・次郎で有名な村崎太郎氏(周防猿まわしの会)が、ライバルながら事業を受け継ぎ、今では表記を少し変えて、日光さる軍団として運営されています。過去には海外から動物虐待と批判された向きもあったようですが、猿回しというのは、子猿が赤ちゃんの頃から世話し、心を通わせながら根気強く芸を仕込む必要があるので、ペット以上我が子未満の愛情をかけているのではないでしょうか。

おさるランド[日光さる軍団] | |おさるのエンターテイメントパーク|栃木県

私も実際に日光に足を運んで芸を見てきましたが、猿回し(人間)とお猿の息が合った芸は、痛みを与えて仕込むだけではない、生き物として通じ合った上での、訓練の賜物だと感じました。

日本舞踊演目としての「外記猿」

話を日本舞踊の演目に戻します。

外記猿は、子猿を背中に背負った流しの猿回しが、お屋敷から呼ばれて門付芸(かどつけげい)をするという演目で、猿回しとして踊りながら、途中、子猿になりきったりします。子猿は実際に何かを背負ったり、子猿役の人が出ることはなく、あくまで背負っている「つもり」、つまり演技です。師匠からは、そこにいるはずの子猿に、愛情を持って接するよう、繰り返し注意を受けました。 (ちなみに、狂言の「靱猿」では、子猿役の人がいます。子役の初舞台などで演じることも多いようです。)

私は、長年お休みしていた日舞のお稽古を再開した折、この「外記猿」と、もう一曲「越後獅子(えちごじし)」については、必ずもう一度お稽古をつけていただきたいと思っていました。曲も好きだし、昔教わっていた当時、踊っていてとても楽しかったので。 ただ、体力のいる演目でもあります。立ったり座ったり、テンポよく足を踏み替えたり、小猿らしくピョコピョコ跳んだりといった動きがあるので、いつもお稽古終わりは汗だくで、息が上がっています。中年に差し掛かって久々のお稽古だったので、足の筋を傷めたりもしました。 toramatsu.hatenablog.com

日本舞踊の演目は流派によって振付は異なりますが、古典演目の場合、元の振付は一つですし、世界観は同じなので、自ずと振付も似通ります。YouTubeで何種類かの動画を拝見したところ、他の流派でもやはり同様でした。

外記猿をイメージした絵を描きました。

日本舞踊ではお扇子だけでなく、小道具(※)を使うことが一般的ですが、外記猿でも2種類の小道具を使います。

※小道具…踊り手(立ち方)や後見(こうけん)が舞踊の中で持ったり、舞台に置いて使う道具。傘、手拭、鼓など、様々。演目によって使う道具は定式(じょうしき)として決まっている。舞台装置を大道具と言うのに対し、小道具と言う。

まず、鞭(むち)。 とは言っても、革の鞭ではなく、細い竹の棒です。これで地面をピシピシ打つことで、猿に合図をするのです。扱い自体が特に難しいものではないのですが、私は普段のお稽古では稽古用の木の棒をお借りしていたので、下浚い(したざらい。リハーサルのこと)と本番でだけ、触りました。稽古用の棒より断然細いので、手の形に気をつけるよう、師匠からは指摘を受けました。

次に、四つ竹(よつだけ)。 これは文字通り、四つの竹片からなる打楽器で、大きな竹を縦に、細長い板状に切った物を左右の手に二つずつ持ち、カスタネットのように鳴らします。竹なので、湾曲していて、断面は弧を描いています。この弧を中表というか、外側を合わせて持つことで、カスタネット状になるのです。

四つ竹の断面 → )(

学童用のカスタネットだとゴムがついているので楽なのですが、四つ竹は手のひらと指で圧迫して持つだけなので、取り扱いを誤ると手から落ちますし、開閉は自分の手の使い方で調節する必要があります。これが、音を出すのに一苦労で。 一応、鳴るは鳴るのですが、音が小さい、きれいに響かない、竹の面が滑ってゴリッと鳴ってしまう、などのトラブルは日常茶飯事です。本番直前まで苦心しましたが、同じ師匠の下でお稽古している方に、大学で日本舞踊を学ばれている方がいらっしゃり、その方が持ち方のコツなどを教えてくださったので、随分マシに扱えるようになりました(本番も、その方の私物の四つ竹をお借りしました)。 四つ竹は、江戸時代の大道芸人門付芸人が使った他、琉球舞踊でも使われてきたそうです。

長唄の曲構成(例: 外記猿)

長唄は通常、何回かの間奏を挟みつつ、曲調が変わります。「外記猿」では、外記節一辺倒という訳ではなく、途中、飛騨踊りなどもあり、踊りでは6つのパートがありました。鞭を持って登場、お扇子踊り、四つ竹、手踊り(お扇子も道具も持たない踊り)、お扇子×2。最初が標準だとしたら、途中は一旦スローテンポになり、終盤はまたアップテンポになり、盛り上がって終了!と言った具合です。

間奏では、後ろを向いて小道具を持ち替えたり、束の間の休息をしたりします。また、今回は素踊り(※)でしたが、衣裳付き(※)だと、途中で衣装を替える演目もあります。一旦舞台袖に引っ込んで着付けをする場合もあれば、片肌脱ぎをして内側の着物を見せるなど、様々な様式があります。その場合、いくら早業といっても多少の時間はかかるので、三味線の演奏で時間を稼ぐのです。(きっかけで外側の着物を剥ぐ「引き抜き」は歌の途中で一瞬で変わるので、この限りではありません。)

※素踊り…衣装をつけずに踊ること。通常、男性は紋付袴に、自前の髪。女性は紋付の着物に、前割れに結った鬘(かつら)をつけるのが定式。今回は小さな勉強会だったので、鬘はつけず、化粧も通常でした。

※衣装付き…衣装、鬘(かつら)、化粧をした状態。

曲調・テンポが変わる理由については、演出上、抑揚をつけるという目的もですが、十数分以上も舞台上で1人で踊り切るので、休憩も兼ねているのだろうと思っています。外記猿は概ね17〜18分程度ですが、老若男女問わず、この時間を精力込めて踊ったら、充分疲れます。

外記猿 役作りのために

まず、現代ではあまりポピュラーでない猿回しという職業を理解するために、猿回しや、江戸時代の風俗関連の書籍を多く読みました。このエントリの末尾に参考文献を載せているので、そちらをご参照ください。図解のものが分かりやすかったです。

また、前述の通り、YouTubeで他所の流派の先生方の動画が上がっているので、それらを鑑賞して、演目の世界観を掴みました。 師匠からは、国立劇場の資料館にあるという映像資料を観ることを勧めていただいたので、お浚い会までに観るつもりだったのですが、間に合わず。

代わりと言っては何ですが、日光に猿回しを見に行ったのは良かったと思います。書籍で得た知識や想像だけでない、実際の猿回しと子猿の関係性を観察したことで、背景の考察が深まり、演技に活かせたと思います。

おさるランド[日光さる軍団] | |おさるのエンターテイメントパーク|栃木県

「お猿の学校」は先生役の猿回しとお猿達のコント。女性の猿回しが活躍されているのも日光さる軍団の特徴。

子猿とのふれあいコーナーにて。温かい、子猫みたいな抱き心地に相好を崩す筆者。

あとこれは、「外記猿」には直接は関係無いのですが、お猿さんを祀っている、赤坂の日枝神社にお詣りに行きました。狛犬や阿吽像の代わりにお猿さんの像。絵馬やお祭りの山車、御守りにも、お猿さん。写真を撮っておいたのは、後に絵を書いた際に資料として役立ちました。

皇城の鎮 日枝神社 | トップページ 日枝神社の入口に鎮座している、烏帽子に狩衣をお召しになったお猿さん。反対側には、子猿を抱き、三番叟鈴を持った母猿がいる。

日枝神社の絵馬、猿づくし!唯一、祭の山車は猿ではないが、鶏を象っていることから、申酉を表しているのではないかと思われます。

赤坂日枝神社の「神猿(まさる)」守。水天宮でいただいた、芸能の神様・弁財天の御守りと一緒に。背景のお扇子(飾り用)の、三番叟の猿はまさに外記猿の猿のイメージにぴったり。

勉強した感想

十年以上振りに外記猿のお稽古に臨むにあたって、最初は、とにかく体力勝負だ!という気持ちでした。しかし、お稽古を重ねるうちに、ただ体力に任せて踊るのではなく、シンプルに小ざっぱりと見せること、お客様に楽しんでいただけることに意識を向けられたかと思います。

振付を覚えるにあたり、昔教わった振付をメモ帳に図解していたこともあり、結構覚えていたのですが、新たに教わり直した振付は、基本は同じものの、ところどころ、昔教わったのと違ったので、咄嗟に混乱してしまうこともしばしばありました。動きが多めな振付ではバタバタしたり、体幹の弱さを露呈して情けない思いをしたことも。これは引き続きの課題です。

師匠からは、毎度のお稽古で、とにかく「軽く、すっきり踊って」と、しきりに指摘されました。私の踊りがよほど、力が入っていて、クセが強かったのかなと思います。あと、かわいくね!とも…余裕が無く、真剣に取り組んでいる時ほど、殺気だった表情になってしまうようです。

表現の小慣れなさ、音と間の合わなさは、お浚い会の直前まで、自分でもしっくり来ていなかったのですが、ギリギリに追い込み自主稽古をしたことで、何か掴めた気がします。

「外記猿」はおめでたい踊りですし、プロの舞踊家のコンクールや、神社の奉納舞として踊られている動画も見たことがあるので、今後どこかで踊る機会があったら踊ってみたいと思っています。

参考文献・音源

  1. "日本舞踊ハンドブック改訂版", 藤田洋 著, 三省堂, 2010
  2. "愛猿奇猿 猿回し復活の旅", 村崎修二編著, 解放出版社, 2015
  3. "図説 江戸大道芸事典", 宮尾與男, 柏書房, 2008, pp.214-227
  4. "千五郎の勝手に狂言解体新書", 茂山千五郎, 春陽堂書店, 2021, pp.94-97
  5. "猿まわし千年の旅", 村崎義正, 築地書館, 1991
  6. "乞胸 江戸の辻芸人", 塩見鮮一郎, 河出書房新社, 2006
  7. "大江戸復元図鑑〈庶民編〉", 笹間良彦 著画, 遊子館, 2003
  8. "浮世絵でわかる!江戸っ子の二十四時間", 山本博文監修, 青春出版社, 2014
  9. "新定番 芳村伊十郎 長唄全集8", 日本コロムビア, 1998
  10. "日本聴こう!〜伝統音楽特選集", 日本コロムビア, 2011

【おまけ】お扇子の絵付け

本来なら”天地金”のお扇子を使うのが定式だけど、お浚い会だし、遊んでみてもおもしろいんじゃない?という師匠のご提案で、自分でお扇子に絵柄と文字を描いてみました。このブログのタイトルの写真がそうです。

猿廻しだからといって猿をそのまま描くのでは不粋だし、振付に登場する小道具をワンポイントで描くのが、さりげなくていいのではないか、ということで、烏帽子(えぼし)と御幣(ごへい)を。烏帽子は、赤坂日枝神社の山車から拝借して、前後に長い金烏帽子に。画面が白っぽくなったので、引き締めるため、御幣の持ち手を黒漆のものにしました。

左側に書いた文字は、歌詞からの抜粋。あまり字が大きいと、ご覧になったお客様の気が散るかな?と迷ったけれど、先輩の、おめでたい文言ならいいんじゃないか、という一言に背中を押されました。

「千秋萬歳(せんしゅうばんざい)」

「楽し不(ふ)な(那)るこそ(曽) 目出度け(介)れ」

…なのですが、さいごの”れ”を、まちがって”る(類)”にしてしまっていることに、終わって数日経ってから気付きました。かな辞典のページが隣だし、形も似てたから、間違えてしまった。恥ずかしい…

もっと水墨画を上手く描けるようになりたいな〜と思いました。

【おまけ】衣装について

本番当日の衣装のこと。着物は身幅たっぷりの色留袖で見栄え上々。後見帯と抱え帯は師匠のものをお借りして、申し分無し。着付けは着付け師の先輩にお願いしたので、バッチリ。化粧は…舞台用ファンデーションに、粉を叩いた。目尻の紅は、下手だけどまぁまぁ。

さすが三善。水で伸ばして使いやすく、崩れにくくてよかった。

最悪だったのが、髪型です。

私は普段ベリーショートなので、本番に向けてオールバックをするべく、前髪を長めにしていました。宝塚歌劇団の男役のような、バチっとしたオールバックが理想。当日は、カーラーを巻いてドライヤーをかけ、グリースとジェルを駆使して、ガッチリセット。したはずだったのですが… 朝から小道具を運んだり、会場設営したりと作業をしているうちに、汗をかき、乱れ… 出番の頃には、前髪がほぐれ、触覚のように、ピョン!と、毛束が落ちてきました。踊りながら直すわけにいかない。が、ずっと顔に髪の毛が落ちた状態にするわけにもいかない。結局、苦し紛れに首を振って前髪をどけようとしましたが、針金のように強い私の髪は、顔面に降り続けたのでした。

もう次からはオールバックなどと言わず、立役(たちやく。男踊りのこと)なら、普段の、短めツーブロックで前髪を立ち上げよう。女形なら、前髪は伸ばして結おう。

当日の私。一番動きが激しいシーンの直前で、緊張のあまり、顔が強張っている。

グリース。生まれて初めて使った。ポマードだと匂いが気になりそうだったのと、油性だと落とすのが大変そうなので、これにしました。